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人生が開いている感じ

就活がうまくいってなかったとき、人生が閉ざされてる感じがして、今ここでこじ開けなかったらダメだと思って、わりとがむしゃらにやってた気がする。何十社と落ちて今の会社に行けて、自分の人生の天井が開けて明るくなった感じだ。

会社に入ってから挫折とか暗い部分に突っ込むことがなくて、ずいぶんと楽をしている気がする。好きな子ちゃんが暗い部分に突っ込んでいるときも、あんまりよく理解できてあげられなくて、悲しいけど今はまあいいやという気持ちである。長らくデートしてないけど、それはそれでそういうタイミングなのだから別のことに頭を使う方がいい。

そのうち海外転勤になる運命で、どこに飛ばされるかわからないけど、どこに行ってもその場でできる楽しみはとことんしゃぶり尽くしたいと思う。現地のフェスやライブには絶対行きたいと思って、マレーシアのフェスにはどんなものがあるのかな?と気になって調べたRainforest world music fesがあまりにも楽しそうすぎて今すぐ行きたい欲に頭を持って行かれている。 https://youtu.be/VInEED0l7Yc

国際色の豊かさが日本のそれとは比較にならなくて、 今年もパレスチナのバンドや南アフリカのバンドが出るらしく、パレスチナにバンドあるんだ!!っていう、そんなの向こうの人たちにとってはあるに決まってんだろ!!ってことなんだろうけど、俺はそんなことも知らなかったわけだし。ドイツの混浴で老若男女問わず全裸で同じ風呂に浸かったときにものすごい世界平和を感じたけど、異国の地で異国の音楽聴いて異国の人たちと踊るって、まあこんなにわかりやすい形の平和もないなあと思う。

 

すみれファンファーレ (6)

何かの漫画を買ったときに挟まってた紙に、すみれファンファーレの1話がフルで載っていて、すみれちゃんの良い子っぷりに泣いてしまって、すぐに単行本を揃えてしまった。

一昨年ごろ?に掲載誌がなくなってしまって、すみれの最終巻もしばらく出なかったんだけど、全篇描きおろしで出版してくださった。そのことにまずものすごく感謝したい。。ありがとうございます。

基本的に善人しか登場しないけど、みんなちょっとしたりちょっとしなかったりする心の傷を負ったり負わなかったり、でもその傷を少しでも癒やしてくれるのはやっぱり人の善意だったりする漫画。六巻分語ると書くのも読むのも面倒なので、六巻だけについて書くしネタバレもしますので漫画買ってほしいです。

で、最終巻となった六巻ですが、ぼろぼろ泣きました。見事な着地だったとおもいます。この漫画を読んだ人の多くが感じるであろう、「まあこんなよくできた聖人小学生現実にはいないんだけどね感」に対して一撃突かれたというか、自分の子供がすみれちゃんみたいなよくできた子だったとしたら、たぶんすみれちゃんのお母さんと同じように悩むんだろうなあと。自分の子供の我慢強さに甘えてしまって、子供のことを第一に考えられていないんじゃないか…という部分。そのあとのおじいちゃんのセリフとお母さんの反応、これはちょっと涙腺から涙を根こそぎ搾り取られるほど泣きました。さらにあとに続く 「自分を責めすぎると、まわりにも同じことを求めてしまって人を許せんようになる… 大事な菫と自分を甘えさせる余白を、心に持ってないといけんよ………」これはもう心に深く刻んで、大事な人がいっぱいいっぱいになったときにかけてあげたい台詞だなあと思う。すみれちゃんの今後が見られないのは残念だけど、大切な作品として深く心に刻まれました。ほんとありがとうございました……!

「ヒーローショー」「ディストラクションベイビーズ」「葛城事件」

暴力や犯罪に関する標題の映画を三本立て続けに見たので、感想。自分は暴力を避けに避け続けた人生なので、自分の生活と地続きなものとして暴力を捉えられていない中で、暴力映画を観る意義はあまり感じないのだが、来週赤堀雅秋さんの「世界」という舞台を拝見するタイミングで、キネカ大森で「葛城事件」が上映されているとのことで、同時上映の「ディストラクションベイビーズ」も含めて観た。ついでにタマフルでハゲが絶賛していた同ジャンル映画の「ヒーローショー」も観た次第である。

 

ディストラクションベイビーズ (真利子哲也/2016)

通りがかりの強そうな奴に誰彼かまわず喧嘩をふっかける大変頭のおかしい青年を柳楽優弥が演じていて、彼の演技はすばらしかった。彼の暴力衝動に対する動機の説明もなく、台詞すらほとんどなくて、どれだけ痛めつけられても不敵な笑みを浮かべながら何度でも立ち上がる、傷の治りも異常に早いなど、地球人とはとても思えない、サイヤ人から知能を引いたような生命体である。

序盤はただただ彼の喧嘩シーンが立て続けに描かれていて、「こんな奴いねーだろ!」と思いつつも、回数を重ねるごとに彼の喧嘩がアクションゲームのように見えてきて、何となく彼を応援する目線で見てしまう。

初めは被害者で非暴力主義者の菅田将暉くんも、柳楽優弥演じる泰良(タイラーダーデン!)の喧嘩に魅せられ、泰良の小判鮫をやってるうちに自身の内なる暴力性が目覚めて、文字通り"ゲーム感覚"で女子高生など弱者に対する通り魔事件を起こしてしまう。

このあたりの流れも相当強引というか、菅田くんがとんでもないサイコ野郎にしか見えなくて「えっ何やってんの!?」という印象である。菅田くんもまた極端なバカキャラであり、感情移入の余地を与えてくれないのだが、自分が泰良をゲームの主人公のように感じていた気持ちを、二億倍ぐらい強めると菅田君のような行動に走るかもしれないと思うと怖く…ならないか。

その後、この映画の中では比較的頭のネジが締まっている、小松菜奈演じるキャバ嬢と村上虹郎演じる泰良の弟が、前述のサイコ野郎2人に巻き込まれるうちに暴力に手を染める様子が動機付け含めて描かれる。暴力の連鎖を表現しているのだろうけど、 サイコ2人に現実味がなさすぎて、この作品におけるリアリティのレベルを頭の中でチューニングするのが難しく、頭が混乱する。

柳楽優弥の怪物っぷりは見応えあったが、その他の要素はあまり好きになれなかった。

 

ヒーローショー (井筒和幸/2010)

高校の頃、体育館で「パッチギ!」を観るという謎の授業があって、井筒映画を教材にするとはだいぶ思い切ったことしてたんだなあと今でも思う。井筒監督の映画を観るのはそれ以来。

主演のジャルジャル2人が良かった。散々強面の金髪ヤンキーが画面に出た後、普段のコントとほとんど変わらない黒髪の後藤が最強のヤンキーとして登場したときはうーん強そうに見えない、と思ったけど、後の鬼気迫る表情とか動き、キレ芸でちゃんと強そうに見えて、素晴らしかった。

話の内容は暴力の連鎖とその果てにある殺人、 その結果を背負いきれない若者の愚かさと…ヤンキーの世界こええな~と普通に思いました。やったらもっとやり返される、すごく単純な世界だけど単純故に恐ろしい。若さ故のノリで気軽に手を突っ込んで、大抵の人たちは大人になるにつれ足を洗うんだろうけど、そのままのノリで金や権力を中途半端に持ってしまう人もまあ一定数いて、そういう人たちとは生涯関わり合いたくないなあ。

 

葛城事件(赤堀雅秋/2016)

胸くそ悪かった…よい意味で。

家族それぞれが極端な悪人というわけではないし、うまくコミュニケーションが取れなかったり、思い通りにいかないことが起きたり、誰にでもあるようなモヤモヤの積み重ねと相乗効果が凶悪事件を引き起こしてしまう結果を生む。今回観た3作の中では最も自分の生活に近いと思うし、自分も家庭を持つとして、子供を殺人犯に育ててしまう可能性だって全くなくはないわけで…

家庭を作るってやっぱりどう考えても難しいことと思う。三浦友和演じるクソ親父も、子供を立派に育てたいという気持ちは数多の親と同じようにあった、不器用なだけだったといえばそうだし、不器用に関してはそりゃあ俺だって不器用だし。まあ、自分は妻や子供を威圧したり殴ったりするような人間にはならないとは思うけれども。愛情が当たり前に満ちていて楽しい家庭にしたいなあ…

一年の計は元旦から数えて一週間ぐらいまではある

①伝えたいことはてらいなく素直に伝える

②伝えた結果起こった悪いことで自分を責めない

③ダイビングの免許を取る

④第三言語を勉強する

⑤彼女をつくる

 

あけましておめでとうございます

年の瀬に好きな女の子のブログを覗いてしまって、お陰様で彼女の気持ちをより深く理解したような気持ちにさせてもらって、何となくフェアじゃない気がするから自分も自分の気持ちをブログに書こうと思った。

彼女は俺とは比較にならないぐらい人当たりがよくて、色んな飲み会に顔出すし、友達も多くてそんな彼女に嫉妬すら感じていたのだが、彼女に言わせると「どんな人にも媚びを売る自分が嫌い」らしい。彼女は彼女のパーソナリティを誇っていいはずなのに、ブログでは自分で自分のこと責めたり誉めたり、自分の気持ちの高低のハンドリングに苦心してるようだった。

彼女はいつ会ってもやさしくて、気分のムラをまるで感じなかったので、ああまだ俺は彼女に気を遣わせてるんだなあと悲しくなった。「他の人には優しくできるのに、自分と彼氏だけにきつく当たってしまう。彼氏はとことんマゾだと思う」とあって、彼女の昔の彼氏がうらやましくなった。気分が沈むときはサンドバック代わりに使ってほしいのに、やっぱりまだやさしい彼女を演じさせてしまっていて、もちろん彼女がそうしたいからそうしてるんだろうしありがたいのだけれど、気を遣われるのが嫌な俺は所々流れるよそよそしい空気にもすぐ息が詰まってしまう。 

ミスチルのミラーという曲があって、彼女にとっての理想のパートナーはお互いがお互いにとって鏡のように、道に迷ったときや価値観が揺るがされるときに自分が何者であるかを映してくれる人らしい。俺は拠り所を自分の中にしか求めていない。自分で立てるようにならないと、いつ海外に飛ばされるかわからない状況で気をしっかり保てないと思うからだ。彼女は外向的な部分と内向的な部分をうまくバランスとって生きている、ように自分からは見える。本当はうまくバランスとれてなくてガタガタみたい。俺はどうやって彼女を支えてあげられるのか、今の自分ではちょっと想像できない。情けない。

彼女と俺の関係を不安定なものにさせているのは、結局彼女の「優しさ」に依存しすぎているバランスにあり、その「優しさ」をいろんな人に振りまきすぎて彼女自身が辟易してしまっていることにあるのかなあと思う。表面上の優しさだけでは彼女の心をつかめない、というか彼女が彼女自身を許せなくて付き合うなんて方向に持ってこれないのだろう。幸い、自分には幾ばくかの余裕があるし(もちろんフられるのはつらいけど)、彼女の心を解きほぐして、彼女の幸せにとって少しでも助けになってあげたい。そのためのアプローチは辞さない所存である。そのアプローチが結果的に彼女を追い詰めることになるかもしれないけれど、まあ、それはそれで自分の経験にはプラスと思うし。